悲しみに浸る大切さ

2026年も、あっという間に2月を迎えました。 私は昨年9月から4ヶ月間、DAIJOUBUの全ての活動をお休みさせていただきました。最愛の姪が永眠したことが、そのきっかけです。
10万人に1人と言われる難病でこの世に生を受けた姪は、肢体不自由という状況にありながら、人一倍高いコミュニケーション能力を持つミラクルな子でした。常に家族の中心にいて、彼女と一緒にいるだけで、周囲には自然と笑顔が溢れていました。
いつかはこの日が来る。頭ではそう分かっていても、いざ彼女を失ったという事実は、私たち家族にあまりにも大きな悲しみをもたらしました。我が家の精神的支柱であり、その存在が大きかった分、喪失感とともに「ただただ寂しい」という感情が募る毎日でした。
悲しみという感情を否定しない
今もその寂しさが消えたわけではありません。しかし、この数ヶ月間で私が取った行動は、「悲しみ」という感情を否定せず、とことんその感情に浸りきるということでした。無理に論理的・思考的であろうと努めることもできたのかもしれません。しかし、もしそうしていたら、私の心身は持たなかったでしょう。
「悲しく、つらい感情」にも、必ず意味があります。 私がEQの考え方で好きなのは、「ポジティブな気持ちもネガティブな気持ちも、すべて自分の内側から発せられている大切なメッセージである」という点です。
結果として、昨年末までの4ヶ月間、EQの学びから完全に離れたことは正解だったと感じています。つらく悲しい時に、無理に思考を働かせて自分をコントロールしようとすることは、私個人としては決してお勧めしません。
「完全に休むこと」の大切さを、身をもって感じた4ヶ月でした。 年が明け、ようやく「また学びたい」という意欲が自然と戻ってきました。今、ゆっくりと歩みを進めています。
最後に、不在期間を静かに支えてくださったDAIJOUBUボードメンバー、そしてエバンジェリストの皆さんに、心から感謝の意を表したいと思います。

生きる力をつくる・はぐくむをコンセプトとした
Art-Lovingというアートカンパニーで、演劇創作と演劇共育を中心とした教育事業に勤しむ。
舞台演出家・演劇共育実践家・ラジオパーソナリティ(FM軽井沢)として活動中。