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バスが見えなくなるまで見届けた

アメリカの小学校 EQ SEL セルフサイエンス だいじょうぶ 大丈夫 DAIJOUBU

DAIJOUBUまわりーです。アメリカ・ワシントン州の島に移り住んで2か月半が過ぎました。9月頭からは子どもたちの学校も始まりました。シアトルから2時間弱離れた島の、田舎の小さな街の公立小学校に、毎日スクールバスで通っています。そんな子どもたちを通じて垣間見えるアメリカのとある小さな学校でのことについて、これまでに見えてきたことから少し書いてみたいと思います。

「スクールランチは食べるの?」

ご近所さんに年齢の近い子どもが多く、家の前のストリートは車より子どもたちが偉い、くらいの場所です。誰かの声が聞こえるとみんな外へ駆け出して遊んでいます。親同士は会えば挨拶もするし小話もするけれど、だいたい長くなりません。気が楽です。学校が始まる前、親同士の会話の中で「スクールランチは食べるの?」という会話がありました。「今年はコロナの減免で全家庭無料だって!」「うちはスクール」「うちは弁当」・・・早速分かれます。このエリアはほとんどが白人で、次に多いのがヒスパニック系、アジア人と黒人はほんの1桁%しかいないマイノリティです。ほとんどが白人、と言ってもその中でもいろいろなバックグラウンドがあり、全員が全員必ず同じ給食を食べる、なんて発想ははなっからなさそうです。我が家は献立を見て、今日のはちょっとどんなものが出てくるかわからないから、念のため弁当を持っていこう!などフレキシブルにやっています。

この親同士の会話の前には、こんな話題がありました。「スクールはどこ行くの?」「もう入学登録した?」公立校でも学区で子どもの学校が自動的に決まったりはしません。親の仕事の方面に合わせて職場の近くの学校を選んだり、あっちの学校の方が設備や環境や治安がいいからとそちらを選んだり、人それぞれです。行きたい学校に、学校が始まる2週間前に2日間の受付日があり、そこに入学届的な書類と、予防接種の記録などを提出して終わり。不安になった私は「これで登録完了できている、というのはいつわかるの?」と提出時に学校のオフィススタッフに聞くと「来週には多分メールが行くから待ってて~!」と。

更にさかのぼって、この入学届です。日本にいる間ずっとシングルマザーでしたが、日本のありとあらゆる行政の書類はいつも[父の欄]と[母の欄]が横に並んでいるだけでした。そのたびに「うちにはいないんだ!」と力を込めてボールペンで父の欄をサッと削除マークのようなものを書き込んでいたのですが、シングルマザーになって最初の数年はまだ「この子たちには父親が居ない」ということへの後ろめたさのような痛みを抱えていたので、そういった書類を見るたびに傷ついていました。ところが今回アメリカの入学届を記入していて、1枚目から私は驚きました。

まず聞かれ方が『生徒の同居人(当てはまるものにすべてチェックをしてください)』。10以上ある選択肢の中には両親のほか、父、母、祖父母(1人or複数)、父とステップマザー、母とステップファザー、ステップファザーとステップマザー、保護者、代理人、一人暮らし、その他___、という項目が並びます。ずっとこういった書類に傷ついてきた私は、書類の隅にあったこの項目にすごく驚き、癒されました。

よくアメリカのことを「違いに寛容」と表現されるのを見かけていたのですが、寛容というかそれ以前に、当然なんですよね。初めからこうして項目を多数用意しているというだけで傷つかず、むしろ楽になることがあるのか――、人生の大半を日本で暮らしてきた私には目から鱗でした。

「日本とアメリカはとにかくこれが違う」と教えてくれる2年生の息子、「っ超~楽しかった!」と言って帰ってきた1年生の娘

社交的で、ほんの数十分遊んでいる公園ですらすぐに友達をつくり大人数で鬼ごっこを始めるような息子。今年の6月までは日本の公立の小学校で小学生をしていましたし、7年間日本で子どもをやっていた(彼の言葉です。笑)彼の眼には色々な違いが見えるのだそう。それを一言でまとめて教えてくれたのが「全部いろいろで良いんだね」でした。

スクールバスのバス停がいつも近所のみんなと大勢で遊ぶ場所なので、早く行けばみんなで遊べるかな?!とウキウキして出ていったのに、なんと、車酔いするから、ちょうど職場が近くだし同じような時間帯だから、人と狭い空間に20分も一緒は難しいから、など、いろんな理由で誰も乗らず。数日後、一人だけぽつぽつと歩いてきて、今日は乗るの?と聞くと、「兄弟みんな休みで僕だけ行くから乗る~」とのこと。また別の日には帰ってくるなりご近所さんで外でいつものように遊んでいると、「雄心毎日学校行ってるの?偉いね、疲れちゃったから今日休んだよ」など。

スクールランチも、「ノー」が言える、他の弁当を持ってこれる、ということに感動している様子。息子の話を聞いていると「いろいろ」が生まれたときからこの国ではシステム的に英才教育されているなぁと感じました。もちろんいろんな意見、支持政党、いろいろありますけど、目の前にいる人が自分と違うことにこだわりがなさそうと言いますか、仕組みがはじめから多様であること前提で作られている、というのは随所で私も感じます。

娘の方は、今年から小学生。日本では結局コロナのため自主休校を長らくしていたため、アメリカで小学校生活がスタートしました。息子と違って慎重派の娘で、安心して心を開くまでにすこし時間がかかりますが、その娘がスクール初日「っ超~楽しかった!」と叫びながらスクールバスを降りてきました。

生まれた頃から私の研究と実験(?)に付き合わされ、英語とスペイン語とEQ(!)という3言語を一緒に学び合ってきた子どもたちですが、そうは言っても英語はきちんと習ったことすらないまま移住しました。それでも学校が始まるまで、週に何度も近所の子どもたちと遊んで、どうコミュニケーションを取ってるんだろうねぇと親同士で不思議がるほど本当に楽しそうに、みんなでげらげら笑いながら遊んでいました。そして幸運なことに、そのご近所さんのつながりで紹介してもらった学校の先生のご自宅で英語を8月から教わっていて、その先生が担任の先生!さらには、ご近所さんの中でも同い年のとびきり仲良しの女の子が、同じクラスで席まで隣!環境に恵まれた滑り出しで、学校が楽しくて仕方ないんだそう。何をしても褒めてくれる先生が、誰かが水筒の水をこぼしても「It’ okay!」と言ってくれる先生が、大好きなんだそうです。

ただ毎日楽しんで、笑ってほしい

お子さんに関するアンケート、ということで蛍光ピンクというカラフルな紙にポップなフォントで「お子さんのことを少し教えてください!」というお手紙があり、その中に『ひとりひとりの子どもの目標に合わせた1年を送りたいと思っています。あなたはお子さんの1年間に何を望みますか?』という質問がありました。そんなことを聞いてくれるのか!とまた喜んだ私ですが、自分自身あんなにガリ勉で正義感だらけで優等生な小学生だったのにも関わらず、我が子の学校での日々に望むのは「ただ毎日楽しんで、笑ってほしい」それだけでした。自分とお友達を大切にしていてくれれば、別に算数や何かが苦手でもいいな、とあっさり思っています。

私もこういう教育を受けてみたかったなぁと子どもたちを羨ましがってもいるここ最近ですが、子どもたちがどこにいてもEQの力を活用して、この先に起こるどんなに苦い経験も、傷つくことも、全て含めて自分の力に変えながら成長していくのを適度に適当に、見守っていようと思いました。

写真は、そう思っていながらスクール初日、どうなるのかそわそわしてバスが見えなくなるまでずっと見送っていた私の影とバスの写真です。あはは


心と頭の、ヨガの時間に

第2金曜21時~
第4金曜19時~
第3火曜10時~・第4金曜21時~
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