多様性の尊重のために必要なことは…
あけましておめでとうございます!今年一発目のDAIJOUBUコラム担当させていただきます、ひろ先生こと宮澤潤幸です。新年最初のコラムは去年最後のセルフサイエンスクラス「多様性の尊重のために…」というテーマでファシリテーターをさせて頂いたときのことを話題にしたいと思います。
今回は、最近映画化もされ、多様性をテーマにした小説「正欲」の中にある言葉をフックにしながらワークを行い対話をすることを中心に行っていきました。
多様性とは自分の想像力の限界を突きつけられる言葉
この言葉を聞いて、皆さんはどのように感じるでしょうか。人は誰しもが様々な価値観や考え方をもっているかと思います。ここ数年続いていたコロナ渦では、ワクチン打つ?打たない?マスクする?しない?外出する?しない?帰省する?しない?飲み会する?しない?学校行事する?しない?…等々一見二択にも見えますがその理由まで分解していくと本当に色んな考え方の人がいたかと思います。そして、その考え方はマジョリティ(多数派)であったりマイノリティ(少数派)であったり…
読者の皆さんの中にももしかしたら、コロナ渦で「この考え方はありえない!」「生理的に受け付けない!」と感じた経験をもっている人もいるかもしれません。または、マイノリティ側の経験をした人もいるかもしれません。
また、無意識に自分にとって都合の悪いものが目に入らないようにしているといったこともあるかもしれません。もちろん、それが良い・悪いという話ではなく
もし、自分にとって都合の悪いものに直面したとき
もし、自分にとって都合の悪いものに直面したら…自分はどんな感情や思考になるでしょう。そして、それは自分がマジョリティ側の時とマイノリティ側の時で変わってくるものがあるのではないでしょうか。この辺りをワークを通してそれぞれ考えてもらいました。その中で以下のようなコメントがありました。
自分にとって都合の悪いものに直面したとき(自分がマジョリティ側だったら)
・自分がマジョリティ側であれば、強気になったり安心する
・自分がマジョリティ側でよいと思っている場合もあるが、内容にもよる。長い物には巻かれているだけで不安に感じたり、自分を出せずに逆に辛いというパターンもある
自分にとって都合の悪いものに直面したとき(自分がマイノリティ側だったら)
・悲しみや怒り、「理解して!」という必死さがある
・内容によっては、本質を分かっているとかマイノリティだからこそ自信になるパターンもある
自分にとって都合の悪いものに直面したときに、自分がマジョリティ側であれば基本的には安心するといった感情が沸いてくるという一方で意外と、内容によっては自分自身がマイノリティ側であってもそれが自信になっていたり、それでも自分らしくいられれば辛くないといった話がありました。逆にマジョリティ側にいても逆に辛いというパターンもあるという話もありました。自分にとって都合の悪いものに直面した時に、たしかにどちらかといえば自分はマジョリティ側だが…でもなんかそれともなんか違う…といったような時には、自分を出しづらく辛い…隠れマイノリティのような状態の時は特に辛いのかもしれません。
「曖昧さ」や「セッション」が多様性の尊重に繋がる
正欲~朝井リョウ著~・幸せの形は人それぞれ。
多様性の時代。自分に正直に生きよう。
そう言えるのは、本当の自分を明かしたところで、
排除されない人たちだけだ。
・この世にあってはならない感情なんてないんだから。
それはつまりいてはいけない人間なんてこの世にいないということだ。
小説にあった上記の言葉を紹介しつつ、、もしすべての人が生きづらくない社会や世の中があるとしたらそこにはどのような価値観や考え方、言葉等々があるか。「木」をメタファーにしたワークでこの点を追究しました。
皆さんの話しの中では以下のように様々な意見がありました。
・尊重、リスペクト、愛といった価値観が中心にある。
・EQを活用して自分自身が窮屈じゃない
・嫌悪のような感情を抱くことももちろんあるが、「まいっか」とその感情を抱いている自分を受け入れる
・相手の目線に立つことと、自分に正直に生きることの両方が大切
・すぐに白黒つけようとしない「曖昧さ」とそれぞれの個性をジャズのようにセッションしていくことが大事
とても印象に残ったのは、「曖昧さ」を大事にするという部分です。以前のBook Clubのテーマ「ネガティブケイパビリティ」でも、すぐに答えを出さずに迷う、悩む、考えるということが大切といった学びがありましたが、まさにそこと繋がったという参加者の方の意見がありました。
多様性の尊重はとても難しい。だからこそ、すぐに白黒つけることができない、もしかしたら、白黒つけるのは不可能なこともあるかも…とか、答えを出すことが難しいということも多々あるかと思います。だからこそ、「結論を急ぐ」のではなく、「曖昧さ」を受け入れて、ゆっくり対話を積み重ねていく…その上で「セッション」できる部分を見つけて広げていくことが大切だと感じました。
今回は、以前のBook Clubのクラスの内容と「バチッ」と繋がる瞬間もあり、学びが深まった部分もありました。これがじわじわと学びが深まるEQの醍醐味でもあるので是非、読者の皆さんもご参加ください!
金融機関での勤務や9年間の公立中学校教師生活を経て
現在は放課後等デイサービスで学習指導やSSTを行う
自分自身も、子どもたちも「自分らしく生きて幸せに」というモットーのもと
教育に携わっています