従来型SELと、変容型SEL-変遷と違い
近年日本でもEQ・SELが広まっているのを感じます。中でも日本「型」と言いますか、『非認知能力』という名前でSELやEQ、ソーシャルスキルが伝えられています。(アメリカや英語の世界で非認知能力、という言葉は使われていません)
これは私が2020年にDAIJOUBUを立ち上げた際の原動力にもなっていた事実なのですが、日本で広まっているEQ・SELが、実は世界の最新の研究をアップデートできていないものであることがとても多く見受けられています。アメリカにおいても現在も従来型のSELのまま活動をしている学校や個人もいますが、トレンドという域を超え、自覚的に、3つ目のSELを取り入れる時代に突入しています。
今日は、私が大学院に在籍中に研究していた内容の一部から、3つのSELの変遷とその違い、最新のSELとは一体どんなものかを、ソーシャルジャスティスの観点も含めながら少しご紹介していきます。
配慮、段取り、の背景にあるものは何か
EQはemotional intelligence、感情知能のことです。Qはどこから?という質問が聞こえてきそうですが、EQの生みの親ともいえるピーター・サロベイとジョン・メイヤーという二人によって研究をされていた当初、「IQ以外の何かが人生の成功を左右していないか?」という疑問からスタートしていたこともあり、IQに対するEQ、という表現をしていたのが今も定着しています。EIと訳されている場合もありますが、EQの方が略語としては一般的です。
2018年にSix Seconds Certified EQ Facilitator(認定EQファシリテーター)の資格を取ってから活動がグローバルにどんどんと拡がっていったおかげで、アメリカの最先端のEQ・SEL研究とほとんど同じペースで変革していくEQ・SELを常に体感させてもらいながら今に至ります。アメリカでEQを学び、日本語で日本語話者に普及するということに全情熱を燃やしていた2020年頃、面白いことが起こりました。EQの日本語マーケットでのある会議の席で、私自身はEQの未来を視野に入れて、目的や状況に最適で具体的な提案をしたつもりでした。しかし、メンバーから「本当にEQを使っているなら、もっとうまい言い方があるはずだ」と言われたのです。EQは、今と目指すゴールを繋ぐ架け橋となるスキルであり、EQの学び・SELは、そのスキルを多様な方法で育んでいく学びのプロセスです。現状-手段―ゴール、という3つがある中での発言は「決定権を持つ人がイエスと言うように配慮や段取りをする必要があった」という解釈にもなり得ます。配慮や気遣い、段取りは日本社会を動かす見えにくい大きな力です。しかしいつも必ずそれが正解でしょうか?当時の私は、このEQの使われ方に違和感を感じていました。
従来型の2つのSEL:自己責任型SELとメンバーシップ型SEL
2017年に発表された研究レポートは、学校現場におけるしつけの格差についてSELの実践を取り入れた米国の実際の事例を分析し、2つのことを発見しました。
- SELそのものの発想が始めから人種の違いを無視している(color-blinded)
- SELは個人を平等に解釈し個人を豊かにするものだが、「個人」の解釈・価値観・見方・感じ方は、自覚される前段階から、知らず知らずのうちに社会的構造の影響を受けている
違いを持つ個人がそれぞれ平等に自己を表現し、自己に責任を持ち、自己成長していく。個人はそれぞれ平等なのだから、個人がそれぞれ努力しなければならない。これが自己責任型SELです。この時、「個人は平等である」という価値観であったり、この基準そのものが、アメリカでは白人の基準によってつくられているという指摘がこのレポートでなされました。人種によって(あるいはジェンダー、年齢といった社会的なカテゴリーにおける違いによって)、いまこの瞬間同じ教室にいる生徒たちのそれぞれの人生の体験・経験は異なります。ですが、ここに属する以上、この基準を満たさなければならない、これができるようになれば一人前、というSELの使われ方があります。これがメンバーシップ型のSELです。どのように顕在化するかというと、例えば教師が個人は平等である、と言っている口で、暗黙的あるいは本人も無自覚な偏った印象の影響を受けながらある生徒を過度に注意する・指導する、という側面に表れています。白人のつくったルールや価値観を中心にした力学(ダイナミズム)の働いている学校現場で実際に起こっているのは、同様の言動に対する懲罰やしつけが、黒人の子どもたちの場合の方が厳しく、さらに頻繁に起こっているという理不尽で排他的な現実で、これについてはレポートに量的データもあります。この無自覚の価値観からくる言動は、先生だけでなく、親、地域の大人からの印象であったり、学校の構造的なプロセスやルール・地域や行政の構造やルールといった環境にも綿密に練りこまれていて、私たち個々人の要因も影響しています。
またソーシャルジャスティスの観点から見逃してはいけない点は、自己責任型SEL・メンバーシップ型SELどちらも階層構造を孕んでいるということです。ソーシャルジャスティスは階層構造を否定します。
「本当にEQを使っているならもっとうまくやれるはずだ」は古いEQ
私の経験に話を戻すと、私は、話し合っていたプロジェクトの目標と現状をつなぐアイデアとして、正しいことを言っているつもりでしたが、しかし、メンバーにとっては、プロジェクトの本来の目的よりも大切なものがあった。これは文化や社会規範の影響も大きく受けますが、自分の立場や気持ちだったのかもしれません。日本においてはseniority(年功序列)、男女・ジェンダー、がとても強いファクターになっています。国籍、日本語の流暢さ、学校名による学歴の考え方(アメリカでは大学名よりもどの学位を取ったかが重要視されます)、も大きなファクターですね。
「本当にEQを使っているなら、もっとうまい言い方があるはずだ」の背景には、自己責任型SEL・メンバーシップ型SELのEQの使い方のことを言っており、この発言の背景には階層構造が見え隠れしています。これは、「権力、特権、文化を考慮しない」EQやSELのcolor-blinded(背景的な違いの無視)の最たる例です。家父長制・年功序列社会の強い社会においては[(その人よりも)若い・女性]が透明化されている部分は大いにあります。
変容型SEL
構造的な力学を無視したままSELに取り組むことは、表面化する問題を個人の責任と見なすことを継続することになります。それは、不平等や社会的不正義の再生産に加担していると表現できます。
2017年のその研究レポートの指摘は、それまで疑いなく「良いもの」だと信じられてきたSELの根幹が揺るがされるような出来事でした。SELコミュニティに大きな衝撃を与え、2年後の2019年、米国最大規模のSEL団体であるCASELは、「変革的SEL-教育現場における公平性と卓越性のためのSELに向けて」という研究レポートを発表。この報告書は、従来型のSEL(自己責任型・メンバーシップ型)モデルを批判的に捉え、抑圧的な状況や人間関係への抵抗を意味するソーシャルジャスティス志向のSELを提案しています。
従来型SELが批判されるべきなのは、自己責任に終始したりメンバーシップ型という形にすることによって階層構造を持つ(前述)ことに加えて、該当しないグループの人々を明確に周縁化・排他しているからです。ソーシャルジャスティスは個々人の人権尊重を中心にしています。ソーシャルジャスティス志向の3つ目の(最新の)SELを変容型SEL(transformative SEL)と呼び、以下の2つを重要視しています。
- 多面的、多層的、交差的なアイデンティティを理解すること
- 特権的な立場の人々が自分たちに矢印を向け、内省を行うことを可能にするリソースやツールが現状明らかに不足していることを認識すること
ほんの2016年まで従来型のEQを中心にして、そのすばらしさを多くの人に信じられながら発展してきました。従来型SELが社会構造に疑問を持たなかったことにより、構造の強化にむしろ加担しているという現実を理解し前に進まなければなりません。しかし現在も、日本では個人を不幸せにする社会構造の維持・強化にEQが使われている場面が多いのが現状です。
変容型SELは、個人を幸せにするためのEQ
「DAIJOUBUの取り組むEQは、個々人の中にある光の美しさがそのまま輝くのをサポートしたいというマインドセットです。こうした方がいいよ、これが正解です、要らない感情は捨てましょう、だなんてことは一切言いません。」と先日のコラムでも書きましたが、これが変容型SELの在り方の基本です。ひとりひとりの物語はいつも異なります。ひとりひとりの持つ光も色も、みんな違う。ソーシャルジャスティスの観点をつかうと見えてくるのは、特権性(previlege)と脆弱性(vulnerability)です。変容型SELは個々人を指導するではなく、個々人のありのままの輝きをサポートします。そして、社会や構造に対して声を上げるのです。ルールによって誰かが端っこに追いやられたり、自己責任という言葉で欠陥していると思いこまされるのは、社会的不正義であり、それは無自覚のうちに従来型SELが行ってきたことと同じです。
変容型SELは、自身が心を込めて取り組んできた従来型SELを否定するという決別の意思と明確な意図で誕生し、カリフォルニア州をはじめとするいくつかの現場で取り組まれています。アメリカでもまだまだ十分とは言えません。
DAIJOUBUは活動を通じて、変容型SELに取り組んでいます。もし世界最先端のEQ・SELにご関心があれば、ぜひ一度ご参加お待ちしています!
引用
Gregory, Anne, et al. “Social and Emotional Learning and Equity in School Discipline.” The Future of Children, vol. 27, no. 1, 2017, pp. 117–36, https://doi.org/10.1353/foc.2017.0006.
DAIJOUBUは、すべての人のだいじょうぶ感のために
DAIJOUBUでは、EQと居場所感が学べる定期クラスを毎月数回開催しているほか、認定コースも開講しています。EQはヨガや筋トレのように、時々でも定期的に取り組んでいくのがオススメです。EQ、DEIB(ダイバーシティ・エクイティ・インクルージョン・居場所感)、ソーシャルジャスティスに関するプログラムやコンサルティングのご相談・ご依頼などございましたらぜひお気軽にお問合せください。クラスでお目にかかれるのを楽しみにしています!
シンガーソングライター・EQエデュケーター
EQの力を心から信じるアメリカ在住の3児の母
現在アリゾナ州立大学 社会的正義と人権 修士卒業
感情知能EQと出会い、生きることがうんと快適になった経験から多くの人に、
特に子どもたちを取り巻く環境にEQを一秒でも早く届けたいと願い奔走している