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行動に自分の意思をもつこと

はじめまして、こんにちは!DAIJOUBUで学生インターンとして活動させて頂くことになりました、大学3年生のさきちです。最近は夏休み真っ只中ということで、EQに関する本をネットで大人買いして、EQについての知識をつけようと奮闘しているところです。

今回は初めてのコラムということで、なぜ私がEQに興味を持ったのかということについてお話できればと思います。

私は高校3年生のときから、「自分を知ること」に関心を持ってきました。しかし、実はEQという言葉自体やその意味をちゃんと知ったのは最近のことで、大学3年生になって心理学の授業を履修して、その授業の中で紹介されていたことがきっかけでした。「自分を知ること」に強い関心を持ってはいたのはものの、一体どんな名前で検索したら「自分を知ること」について学べるのか、どんな言葉を使ったら他の人たちに「自分を知ること」の大切さについてうまく説明できるのかわからなかった私は、授業で「EQ」という言葉を知ったとき、すごく感動したのを覚えています。

そもそも、「自分を知ること」に関心を持つようになったのは、高校3年生のとき、親と考え方が合わずに悩んだ時期に、「自分を知ること」で気持ちが楽になった経験をしたことがきっかけでした。

私は小さい頃、「いい子でいたい」タイプの子どもでした。宿題も誰に何も言われずとも自分で片付け、親が習わせてくれた英会話教室とピアノ教室にも毎週真面目に通い続け、大人から「これしなさい」「あれしなさい」とうるさく注意された経験はほとんどありませんでした。当時、よく知らない先生と英語で会話することも、人前でピアノを弾くことも本当はちょっと苦手だったのですが、求められていることを頑張って褒められることは嬉しかったので、何の不満も持っていませんでした。本当は絵を描くことや歌うことが好きだったのですが、「大人がいうことをとりあえず頑張っておこう」と思っていました。自分で何かを選んだ経験もないから、そもそも自分が好きなものを貫き通そうということすら思い付かなかった、といった方が正しいかもしれません。

中学に上がったとき、「なんかかっこいい!」という淡い憧れがあって、バドミントン部に入ることを勢いで決めました。初めて物事を自分で決断した経験でした。完全にインドアな小学生だったので、なかなか上手くならず、試合で勝ち残れるようになるまでに時間がかかりました。それでも毎日練習するのがすごく楽しくて、ワクワクしていました。当時ははっきりとは気づいていませんでしたが、自分で決断して何かにチャレンジすることの楽しさを知りはじめたのがこれくらいの時期だったと思います。

そして月日が経ち、高校3年生になって進路を選ばなければならないタイミングになったときに、親の思う方向性と私が思い描く方向性とにズレがあることに気がつきました。そのズレに気づいて、どれだけ近い存在の人でも独立したひとりの人間なんだということを認識しました。そうしてはじめて、「じゃあ本当は自分は何がしたいのか」という問いを突きつけられたんです。色んな選択肢の中から自分で考えて決めなければならないという途方もなさが苦しかったときもあるのですが、私の感情や価値観を知ることができるのは、はじめから私自身しかいなかった、と気づくことができたとき、目から鱗が落ちるようでした。それからは、自分の人生を生きるために、自分の考えていることや感じていることと向き合うことに夢中になりました。そうすることで、少しずつ、今まで抑えてきた自分を認められるようになっていきました。

長くなってしまいましたが、以上のような経験を経て、今も大事にしていることが1つあります。全ての行動を自らの意思で主体的に選び取る、ということです。これは進路を決めるときとか、そういう大きな決断のときだけではなくて、日常生活のどんなに小さな行動においても、です。

大学に入学してすぐの頃、気の合う友達が見つからなくて悩んでいたときがありました。そんな悩みを、ある大学の先生に相談したとき、「〈周りの人に合わせる〉という行動ひとつとっても、〈ただ意思もなく周りに流されていること〉と〈合わせていた方が人間関係がうまくいくな、それは自分にとって大事なことだな、とか何かしらの理由をもって、あえて周りに合わせることを選ぶこと〉とでは全く違うよ。周りに合わせることは全く悪いことじゃないし、そうした方がメリットがあるからするんだろうけど、そこに自分の意思がないから苦しくなる。あなたの意思で選ぶことが大事なんだよ」と言われたことがありました。

その言葉を聞いたとき、また私は目から鱗が落ちるようでした。そんなことまで自分で選んでもいいのかという衝撃でもあり、今までどれだけの選択を他者に委ねてきたのかという、その果てしなさに対する衝撃でもありました。なんとなく周りの目が気になってしまうことや、理由もわからずつい頑張りすぎてしまうことももちろんいまだにあるのですが、先生がくれた言葉は、ふっと心が軽くなるような感覚にさせてくれる、お守りのような言葉です。私にとっては、思い出すだけで、「何があっても、どんなときでも、自分で全部選べるからだいじょうぶ」という気持ちにさせてくれる言葉です。

以上のような経緯があって、私は「自分を知る」ということに特別な思い入れのようなものを感じるようになりました。まだまだ知識が浅くてEQという概念自体を捉えるのも一苦労ですが、これからDAIJOUBUでもっと「自分を知ること」のプロになっていきたいです🌱

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