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大切な人の未来のためのEQ

前回のコラムでは出産直前でしたが、無事第3子を出産いたしました。DAIJOUBUの仲間からもとっても心あたたまるメッセージのギフトをもらい、産後の心身難しい時期もたくさんの応援団がいるんだなぁと感じられ感謝感謝でした。生まれたばかりの娘を抱っこして小さな体や顔を動かしているのを見ていると、「この子はどんな命を生きようとしてるんだろう?」と、そのかわいさに癒されながらワクワクします。思えば8~9年前、上の子たちを授かったときにも、「自分らしく生きようね、全力で支えるからね!ママもそうやって生きるからね」と言いながら、そして産後の感情の浮き沈みの中涙もろくてボロボロと泣いて笑いながらおっぱいをあげていました。

私事ですが、今年の夏からアリゾナ州立大学大学院の修士課程で社会正義と人権(Social Justice & Human Rights)を学んでいます。EQと出会い心を込めて取り組んできて6年ほど、深めようとすればするほどどうしてもぶつかる壁があり、どうしても学びたくなって大学院生になりました。修士での研究テーマはまたいつかコラムでも書くことがあるように思いますが、もちろんDAIJOUBUを中心としたEQの活動を通じて表現していることを自分のアイデンティティにして研究を進めていきます。

今日は、EQとは、の簡単なおさらいと、それを未来につなげていくために本当に大切なことは何か、について、小学生の子どもたちと、生まれたばかりの子どもとの日々と、大学院での学びにインスピレーションを受けながら綴っていきます。

EQとは、感情を活かして学ぶ/働く/生きる力

EQ; emotional intelligence; 感情知能/心の知能指数、のことですが、EQとは、感情を、押し殺すでも、蓋をするでも、コントロールするでも、制御するでもなく、活用して生きていく力です。EQと使って生きていなかったころの私は、堂々としているように見えてもいつも何かに怯えていて、間違いを恐れていて、まぁいっかが遠く、自分のことを許せず、人と同じにできない自分を憂いて、なんだかいつも生きるのが難しく疲れやすかったです。それがEQと出会って、継続的に学びながら活動しているうちに、生きるのがうんと楽になり、感情のアップダウンに飲み込まれることが減り、今回の妊娠もいつも自覚的で、精神面がとっても変わったのを感じました。それは、感情をキャッチしているし、EQの学びのおかげから自分も相手も卑下したり否定したりすることが減っているので感情のベースが安定して、何が一番大切かをいつもわかって腑に落ちていて、安心しているからだと実感しています。

本来EQとは、そんな、自分の安心安全を育んで、自分の中の、そして周りに伝わる大丈夫というエネルギーを拡げていくパワーを持っています。

本当に望んでいる目的のためにEQを活用する

EQは、現状をキャッチし、本当に向かいたい先がどこか/得たいもの何かを特定し、その2つの間をつなぐ行動を考え実行する、という今と目的地に橋を架けることの連続です。たとえば身近な例を簡単にあげると、

現状)首と肩がすごく凝っていて心もスッキリしない、頭痛も出てきて気持ちも疲れやすい
得たいもの)ほぐれていてすっきりした体と心
行動)水をたくさん飲もう!ジムに行ってストレッチと肩と背中の筋トレをしよう!

など。現状も得たいものも、他の人と似ていることはあると思いますが必ずすべて一致することは極めてまれです。さらに言えば、実際にはこんなにあっさりと答えが出ることがない場合は多くあって、いまの私なら赤ちゃんや上の子どもたちの予定、大学院の課題の締切、授乳のタイミング、その他の締め切りなどなどを検討する必要があったり、現状の解像度を少し上げて細かくキャッチしてから、行動を考えます。「EQを使う」ことそのものは実は難しくなくて、とってもシンプルなことが多いです。

「本当に望んでいる目的」の距離をずらしてEQを活用すれば、小さな夢も大きな夢も叶えられる

いまのキャッチも、本当に向かいたい先の特定も、感情を無視するとできません。感情を無視するとたちまち他の人の声がたくさん聞こえてきます。すると、本来の自分ではない地点から、別に大して行きたくないところへ橋を架けて、賢く行動をラインナップしてこなしても本来得られるはずの心の満足や、達成感や幸せといった気持ちにはたどり着けないのです。

ここで大切なのが「本当に望んでいる目的」の距離をずらすこと。そして忘れてはいけないのは、距離をずらすことは、これはあれで、それはこれで、とあっちこっち目的の向きがずれることではなく、大きな視野の大きな目的の中に、小さくてささいに思える目的が入っていて、それぞれの目的の向きが揃っている状態になります。例えば、この年末年始は断捨離をして家も心もすっきりしよう!と思っているときに、爆買いをしたりクリスマスプレゼントにあれこれ人におねだりしたりするのは、なんだかあっちこっちですね。私の場合だと、「ひとりひとりが真に自分らしく生きていられる世界をつくりたい」という私の大きな人生の目的の中に、DAIJOUBUの活動を通じてEQを届けていくことや、大学院で社会正義と人権をとても高いモチベーションで学び始めたことや、子どもたちが自分らしく命を生きていけるように応援団1号でいようと思っていることは、全て同じ方向を向いて繋がっています。今日は簡単な夕飯にして家族でボードゲームでもしよう、さえもそういえば繋がっています。

歪みがあるときは人や自分を傷つけやすくなるなと思います。そういう時はたいてい、大きな目的がもう一つ描き切れていないか、現状の/自分自身のキャッチが不十分だったりします。いまの自分が疲れてイライラしやすくなっていることに気づかずに、うっかり息子に怒鳴ってしまった際には後から「ごめん、ちょっと疲れてて余裕がなかった・・」と謝ってやり直したりも。

あなたが残すもの、選ぶもの

私たち人間は、年を重ねいろいろな人と交わったり離れたりする中で、自分が意図しない間にたくさんのギフトを届け、受け取っています。それはその人の生き様だったり、らしさだったり、口癖だったり、印象だったり、一緒に過ごした時間がたとえ短くても、離れてからずっと他の人の元でその人の残したレガシーが生き続けることさえもあります。

また、たとえEQを学んでも、大きな絵を描かず・携えずに、その日暮らしのEQの使い方をしていれば社会の罠にあっさりとハマってしまい、誰のための人生を生きているのかあっという間にわからなくなります。私はEQを30歳近くまで一切学んでいなかったので、自分の人生であるのにもかかわらず、これを突破すればこの人たちが認めてくれるから、これが出来れば受け入れてもらえるから、世間的に正解はこれだから、と選んできたことがたくさんありました。持ち前の体力と気力のおかげで目的を達成するのは得意でしたが、その目的がまず自分からずれていたことも多かったので、どれだけクリアしても心の底からの幸せや、お腹の底からの納得感になかなかたどり着けませんでした。

✔ 私たちは生きているだけで誰かに影響を与えていて、その影響は大なり小なり後世に残っていく
✔ その日暮らしのEQの使い方では満足度・納得度の低い人生になり幸福度が下がる

今日自分がした選択は、たとえ自分にとって小さくささいな選択だったとしても、あなたの生き様・面影といっしょに誰かを通じて未来の世界に残っていきます。

この2つを踏まえると、大切な人の未来のためのEQの使い方が見えてきませんか?

大切な人の未来のために、EQを使うには

自分はどんな風にこの命を生きたいのか、どういう人生を生きようとしているのか、見つけましょう。大きな絵を描いたり、大きな地図を持てていると、日々の小さな選択がうんと簡単になります。もちろん決めつけやジャッジメンタルな頑固さは健康的ではないです。「私はこう生きると決めたからッ」と他の人を傷つけたり踏みつけたりしていいなんてことはありません。このあたりがEQと社会正義が重なり合う大切な部分だったりします。大きく大らかな「こういう人生を生きよう」があると、気持ちを行動に乗せることも快適になります。時には勇気を振り絞ることも必要になるかもしれません。でも、それを無視すれば残したい未来が遠ざかるなら、勇気を振り絞りましょう。私もきっと一緒に立ち上がります。

とりあえずこの人を怒らせないために、とりあえずこの場をうまくこなすために、と素早く考えて行動ができる器用さを持っている人がとても羨ましかったことがありました。その力が役立つことは多分にあります。大きな絵を描ききるにはそれくらい、とその力を使ったおかげで救われることも時にはあるかもしれません。でも面白いことに、【現状の(感情の)キャッチ、望んでいる目的の特定、行動の選択】というEQの3ステップは、人によってステップごとに得意不得意があります。「現状はキャッチできるけど他はわからない」、「行動は選択できるけど目的地は誰かに教えて欲しい」、「目的地はわかるしワクワクするけど行動がピンとこない」などタイプはそれぞれです。ですが、目の前にあることにひとまず自覚的になってみてほしいのです。そして、『その選択の先に続く未来を、あなたは本当に大切な人の未来に残したいですか?』とぜひ自問してみてほしい。

この世の中で私なんてちっぽけな存在だ、と思っている私も、あなたも、知らぬ間に誰かに一生分のギフトを届けているかもしれないから。

自分はどういう人生を生きようとしているのか、を見つけるために

自分はどんな風にこの命を生きたいのか、どういう人生を生きようとしているのか、見つけましょうと言いましたが、それがわかんないんだよー!と言われることもあります。あはは

それが見つけられるEQワークがあります。DAIJOUBUの認定コース・セルフサイエンスエデュケーターは、参加者がEQのクラスを届けたり、感情を活用した学びや働き方や生き方を伝える人になる学びを濃く、深く、得ていきながら、世界にたった一人の「自分」を題材にどんどん学んでいきます。その途中で、これは見えにくい、感じにくい、キャッチしにくい、描きにくい、という場面は人によってそれぞれにありました。コースを通じてそれが見つかる人もいれば、もともと見つかっていて解像度が上がったという人もいます。

コースに参加しなくても、DAIJOUBUのセルフサイエンスクラスに出たり、tea timeで自分と社会のことを行ったり来たりしながらお話をしたり、DAIJOUBUの他のコラムを読んだりして、心と頭のEQ感度を高めてみてください。ある日突然AHA!そういうことだったのか!という瞬間が訪れるかもしれません。

久しぶりのコラムとても楽しく書かせて頂きました。これから12月前半まで、赤ちゃんと過ごしつつ大学院のとても大きなエッセイを書くのに集中します。EQと社会正義の感度を高め、愛情を大きくしながら、またクラスやコラムでみなさんにお目にかかれるのを楽しみにしています。

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